医学部医学科3年
今村 由人さん
医学科3年次生の必修科目「研究室配属」にて、7月13日から8月3日までの3週間、インドネシア第二の都市スラバヤに行き、インドネシア国立アイルランガ大学の熱帯病研究所(ITD:Institute of Tropical Disease)、そしてストモ(Dr. Soetomo)病院で研修を行いました。現地では神戸大学の内海先生をはじめ、病院のヤングドクターやITDの各研究室スタッフにとてもお世話になりました。机に座り本から学ぶ知識も大切ですが、熱帯病について現地の研究者が何を思い、どう取り組んでいるのかを伺えた貴重な体験になりました。
今回、熱帯病を学ぶために海外研修を志願したのは、医学科2年次に「生体と微生物」「免疫と生体防御」で病原体や感染症について学んだ際、地球温暖化に伴う亜熱帯の病原体の日本での発症に関心を持ったためです。その後インドネシアで熱帯病の研修をした昨年度の宮永先輩の体験記(宮永先輩の体験記はこちらからもみることができます。)を大学広報誌で読み、ゲノム科学・微生物学領域の定教授の研究室に伺いました。
定教授の前任地である神戸大学は、文部科学省と理化学研究所が主導する感染症研究国際ネットワーク推進プログラム(J-GRID:Japan Initiative for Global Research Network on Infectious Disease)に基づき、インドネシアに肝炎を含む新興再興感染症の研究拠点(CRC-ERID:Collaborative Research Center for Emerging and Reemerging Infectious Diseases)を有しており、現地では内海先生とインドネシアの研究者などが共同で感染症研究を行っています。そして定教授の元上司にあたる神戸大学大学院医学研究科微生物学分野の堀田教授やITD所長のNasronudin教授の多大なご協力により、昨年に続き今年もインドネシア研修が実現しました。
3週間滞在したスラバヤは貿易が盛んな港町でジャワ島の東側に位置します。バリ島からは飛行機で約1時間と地理的には近いのですが、スラバヤの住人の多くはイスラム教徒であり、女性は露出を控えた服装をしていました。また現地ではお祈りをする習慣があり、日本よりも宗教色を強く感じました。さらに今回の滞在中にラマダン(断食)の期間と重なりとても貴重な体験が出来ました。ラマダンは約一ヶ月続き、日中は飲食を避け、朝3時頃に朝食をとった後は、日没後の6時頃まで断食をします。インドネシアの人々はとても明るく親切で、ラマダン中の昼飯を食べない時にも関わらず、昼飯を食べている自分と一緒に楽しく会話をしていました。また多くの人々が日本に関心を持っており、研修先病院のヤングドクターとは、日本の漫画や映画、俳優やアイドルについての話で盛り上がりました。今回の滞在先はアイルランガ大学の学生寮であり、歯学部や経済学部のインドネシア人学生と相部屋になりました。そして彼らはインドネシアの文化や国内で人気の曲について多くの事を教えてくれました。また、2週間研修したITDで働くヤングリサーチャーとも仲良くなり、毎回食事に誘って頂いたり、市内の観光や一緒にお土産を探してもらったりしてとても楽しい研修となりました。
最初の1週間はストモ病院の熱帯感染症部門と救急外来部門を見学し、デング熱など熱帯特有の病気や、インドネシアに多いレプトスピラ症leptospirosisなどの細菌感染症、サルモネラ菌などによる食中毒患者を見ました。その他にも敗血症性ショックについてヤングドクターや先生方とディベートをしたり、早朝のモーニングカンファレンスに参加したりしました。そして一週間を通してデング出血熱の患者について学習し、最終日にはDr. Vitanataらの前で、デング出血熱の臨床症状と診断方法、そして治療法についてプレゼンを行いました。その準備において、カルテの内容を調べる時や、患者に問診をする時にヤングドクターが親切に助けてくれました。デング出血熱の患者は、上肢の一部にpetechiae(点状出血)が見られる場合や、歯肉に出血が見られる場合があり、ヘマトクリット値が上昇する兆候やIgM、IgGの抗体検査をする事によって迅速な診断が可能なことを学びました。治療法としては、fluid therapy(輸液療法)がメインであり、解熱目的でparacetamolを用い、嘔吐がひどい時にはondansentronを用いるなどの対症療法を行うそうです。そしてプレゼン後の質疑応答では抗体検査について、IgMだけではなく遅れてできるIgGも陽性の場合は患者がデングウイルスに2回以上感染しているとDr. Vitanataに補足をして頂きました。
ストモ病院は病床数が2000床以上とインドネシアでも最大規模をほこり、隣国のマレーシアからは政府の奨学金を得て学びに来るヤングドクターがいました。そして彼らの大半は自分と同じくらいの年齢にもかかわらず、既に臨床現場で研修をしていたのでとてもいい刺激を受けました。また、3週間の研修プログラムにはドイツやフランスの医学生が参加しており、それぞれが目的を持って研修をしていました。私は留学前、発展途上国の医療状況や患者の経済問題について興味がありました。そしてストモ病院で働く医師に伺ったところ、患者の経済状況に応じて薬を選ぶこともあるそうです。しかし結核については、WHOに基づくインドネシア政府の医療費全額補助のもと、国内すべての結核患者がリファンピシンやイソニアジドなどの薬を併用するとのことであり、大学の微生物学で習ったことと同じ治療指針でした。
内海先生が研究をしているHepatitis teamは、パプア州に住む小児の血液サンプルのAnti-HBs濃度を測定していました。これはB型肝炎ワクチンの効果を調べるためで、ELISAキットを使用していました。日本の場合、B型肝炎のワクチン接種は罹患者の子供や医療従事者に限られています。世界的には、ユニバーサルワクチネーションにより接種率が高くなっており、スラバヤ市内におけるワクチン接種率は約80%になります。一方で、パプア州においては出産後すぐに行うB型肝炎のワクチン接種をしておらず、母子感染を防ぎきれないためにHBs抗原陽性率は約10%とインドネシア国内の平均(2~15%)の中で高めの数字となっていました。2日目には妊婦の血液サンプルからDNAを抽出し、PCRと電気泳動を行った後にHBs抗原について、約500塩基長のHBs領域のシークエンス(DNA塩基配列の決定)を行いました。そしてACGTの割合を表したグラフの見方や分析方法も教わりました。
透析室は血液の飛散が頻繁に発生する場所であり、血中ウイルス伝播の可能性が高い環境です。また、血液透析患者は免疫力が低下しており感染しやすい状態にあります。透析室におけるウイルス肝炎感染は途上国に限ったことではありませんが、先進国と比べ感染率は非常に高く、東ジャワ、スラバヤの透析患者におけるC型肝炎感染率は1996年76.3%、2010年には88%を示しました。Hepatitis teamはスラバヤ及びジョグジャカルタの腎臓内科医と協議し、より確かな感染源の検索の為に、私立病院や透析室の感染症対策についても調査を進めています。
内海先生にはB型、C型肝炎の他に、現地の医療制度についても教わりました。インドネシアの保険には異なる料金体系が存在し、その値段に応じて保険の対象となる薬も異なります。また一般的な公立病院と高額な私立病院とでは感染症対策に大きな差があり、中国系などの富裕層の中には私立病院で診てもらう人もいるそうです。
Dengue teamではMr. Krisらが蚊を媒介する熱帯病について研究していました。フラビウイルス科の中で蚊を媒介して人から人に感染するデングウイルスには4つの異なる血清型があり、2回目の感染で重症化する恐れがあるうえに、現在有効なワクチンが無く予防するのが難しい熱帯病とされています。このためDengue teamでは、ウイルスを運ぶ蚊自体を減らそうと考え、金属イオンを含む殺虫剤を蚊の幼虫が孵化する水たまりに用いる研究をしていました。人の血を吸うのはメスの蚊のみであり、これは子孫を残す際に人の血に含まれる鉄分を使うためです。そして吸血時に蚊の体内にウイルスが取り込まれ、次に吸血する時に蚊の体液と共に人の体内に侵入します。ここ数年、デング熱は1型と2型をおおよそ隔年で繰り返し、雨季にあたる1月から3月に流行しているそうです。ITDでデング熱についてプレゼンをして頂いたProf. Dr. Soegengのご好意で、2日目には小児と妊婦を扱うSoerya病院へ見学に行き、小児の患者を中心に20例程見せて頂きました。中にはサルモネラによる食中毒とデング熱を併発した小児もいましたが、一週間で退院するケースが一般的だそうです。その他、急性肺炎の患者に聴診や打診をしたり、水頭症患者を初めて見たりしました。新生児室ではサイトメガロウイルスに感染した低体重児も見せて頂きました。
CRC-ERIDのHepatitis teamとは別に2010年から4年の期間を設け、JICA、神戸大学、JST(科学技術振興機構)、アイルランガ大学が共同でC型肝炎の治療に使える薬草の研究をしており、既に有効な化学成分を1つ発見したそうです。Ms. Evhyらの本チームにはJICAから比較的新しい機材が提供されており他のチームが使いに来ることもあるそうです。ITDの建物自体も半分はJICAが1997年に無償建設したものであり、各研究室にはJICAのシールがついた実験機械が多く見られます。しかし建設当初は機材を中心に提供したために、使い方が分からずに置いてあった物もあったそうです。HCV teamはジャカルタに日本人の常駐する本部があり、日本やインドネシアの薬草を採取し、HCVが細胞に侵入するのを防いだり、その増殖を抑えたりする成分を調査しています。同じ植物からでも、抽出する部位(幹、葉、果実、根)や生息地域の違いにより成分が異なり、これらの様々な研究成果を同じフラビウイルス科のデングウイルスなどに生かせないか模索していました。また、インドネシアではジャムウという伝統的な薬草療法があり、中国の漢方のように国内で広く普及しています。研究者にはこの事についても教わり、冷え性や関節炎に効く塗り薬も試してみました。
Diarrhea teamはストモ病院と提携しており、下痢症患者の血液サンプルを検査してバクテリアの種類を特定し、薬剤耐性についても調べて結果を病院にフィードバックしていました。このように外部から委託されるサンプルについて、ITDではこの他にも肝炎やAIDSなどの検査をして得られた資金を施設の運営費にしているそうです。Mr. Dadikらの本チームではグラム陰性桿菌であるコレラ、サルモネラ、大腸菌や腸炎ビブリオを主に研究していました。サルモネラ菌については、患者の血液より抽出したRNAからcDNAを合成し、PCRと電気泳動をして患者に感染した菌について調べました。この時、DNAではなくRNAを抽出することにより菌の生死も特定することが可能で、その結果は生きている菌と判明しました。この他にも、病院からの血液サンプルをサルモネラ・シゲラ培地とマッコンキー培地で一晩培養し、その後KA培地、Motility培地、Citrate培地を用いて菌を特定する実験を行いました。
Avian influenza teamではMs. Wilanらの女性チームが鳥インフルエンザの様々なプライマー配列を調べ、インドネシアで固有のHA遺伝子配列をもつH5N1の研究をしていました。シベリアから日本を経た渡り鳥は越冬時に長期間インドネシアに滞在するため、国内で鳥インフルエンザに感染するリスクが高い状況にあります。そして近年は地球温暖化で気候が不安定になり、一年を通してインフルエンザ患者が継続的にでているそうです。2009年に流行したH1N1については国内の24例を調査し、季節性と比較すると若年層に多いことや、発熱が38度以下の場合が多いことを突き止めました。このチームではスラバヤ市内の5つの病院から血液サンプルを持ち込み、2011年には約600のサンプルを調査しました。現在、鳥インフルエンザを含めた血液サンプルを多い時には2週間ごとに40個もチェックしているそうですが、国内で未確認のサンプルはまずジャカルタの国立研究所に提供されるため、手に入れるのが難しい現状もあるそうです。また、鳥などの動物サンプルを扱う時にはバイオセーフティレベル3の感染実験室(BSL-3)で研究をすることもあり、厳重に管理されたBSL-3も案内して頂きました。
今回の研修を報告書にまとめるにあたって、色々な写真や研究内容を見返しましたが、とても貴重な体験が出来た事に感動しています。現地で活動をして初めて感染症を予防する難しさを痛感しました。そして漠然としたイメージしか知らない病気について、その診断や治療法を学びたいと感じた気持ちを今後も持ち続けたいです。この機会を与えて頂いたこと、そしてこの研修の始めから終わりまで多くの方々に協力して頂いたことに感謝しています。留学する前の準備では福井大学の色々な方々にお世話になりました。海外での病院研修に先立ち、英語のスキルを磨くために応用言語学の藤原教授に何回もディベートをして頂いた他、渡航前の予防接種については寺沢先生にアドバイスを頂きました。ITDでのウイルスや微生物の実験をするにあたり、事前にゲノム科学・微生物学領域の千原先生や竹内先生に手技やそれに関する知識を教わりました。文京キャンパスを含め事務や広報の方々には留学のサポートをして頂きました。現地の内海先生には滞在先である寮の斡旋やスケジューリングをして頂き、休日には市内の観光もして頂きました。また、大学からは旅費や滞在費に当てるべく、平成24年度福井大学学生海外派遣支援金を頂きました。この場を借りて感謝の意を示すとともに、今後学生が最先端の研究や海外の臨床に触れる機会が増えることを願っています。