繊維と医療の世界

 黒く横に伸びた線の間に血管のようにも見える赤くうねった線、そして画面を埋めつくす網目状の線の中にかすかに見える赤い線。
 この写真は「膠芽腫」(グリオブラストーマ)という侵襲性の高い脳腫瘍の細胞の移動を繊維でコントロールする実験です。赤いものはグリオブラストーマの細胞の核に蛍光色素をつけて見えやすくしたもので、横の線はナノファイバー繊維です。これを1時間ごとの経過とともに縦に重ね、細胞がたどった足跡をつなげた写真です。
 私たちの体に傷ができると、皮膚細胞などがその部位に集まり、傷を修復します。一方で、癌細胞は体内組織に移動しながら広がります。この時に欠かせないのが細胞と細胞が構造化するための「細胞外マトリクス」という物質です。工学部 物質・生命化学科の藤田聡准教授(専門:バイオマテリアル)はポリエステルで作成した約500ナノメートルの細い繊維でマトリクスのシートを作り、細胞の動きを制御する研究をしています。ターゲットの腫瘍細胞をこの繊維シートの上に置き、この画像のように、繊維シートの密度を調節することで、細胞の動きを早めたり(左画像)、封じこめること(右画像)が出来ました。
 これにより細胞の浸潤を抑えたり、一方向に移動させることができます。繊維で細胞(Cell)を捉え(Trapping)「セル・トラップ」という技術です。
 今後は腫瘍細胞の転移を抑えるための医療シートの開発や腫瘍細胞を一箇所に集めるような構造の繊維を使ったデバイスの作成など、繊維の特徴を活かした医療材料の実現が期待されています。