CHAPTER05患者さんのベッドを快適に!
福井の女性が力を合わせ
褥瘡(床ずれ)予防シーツを開発

学術研究院医学系部門 教授 四谷淳子 × 福井経編興業株式会社 小川陽子

左:四谷淳子
福井県出身。金沢大学大学院研究科保健学専攻博士後期課程修了。看護学校卒業後15年間臨床ナースとして勤務。金沢大学医薬保健研究域助教、大阪医科大学看護学部准教授を経て、2016年に福井大学医学部看護学科教授に就任。褥瘡や皮膚の損傷を予防するマットレスやリネンの開発研究に取り組んでいる。

右:小川陽子
福井県出身。金沢大学経済学部経済学科卒業。着付け講師、マナー講師を経て、2010年に福井経編興業株式会社入社。総務管理課係長及び社長秘書として広報、採用、メディカル事業を担当し、褥瘡予防シーツ、人工血管、心臓修復パッチのプロジェクト管理に携わっている。

研究の目的・内容

 ベッドでの生活を余儀なくされる入院患者に発生する褥瘡(床ずれ)や皮膚の損傷を予防することは、看護ケアにおける長年の課題です。
 この解決策として、体圧分散寝具や、伸縮性を持たせたシーツが開発されてきましたが、その効果が十分に発揮されていないのが現状です。加えて近年、入院患者の寝床環境を整えることが重視されるようになり、これらを実現するためには、シーツの素材そのものを変えることが必要だという認識に至りました。
 そこで、人工血管や心臓修復パッチの開発実績を持つ福井経編興業株式会社とともに褥瘡予防シーツを研究開発し、さらに快適な寝床環境の評価基準を構築し、全国の病院における基準寝具の一新を目指します。

成果

 伸縮性があって体にフィットしやすい、摩擦が少ないなど、褥瘡予防シーツとして使用できるポリエステル100%の生地が完成しました。今後は、寝床環境の評価基準を確立し、開発した生地が本基準を満たすかどうかなどを確認するための詳細な実験を行い、必要な改良を加えた上で実用化を進める予定です。

マットレス、ルーズフィットを経て
シーツの新素材開発に挑む

四谷・福井経編さんは人工血管と心臓修復パッチを開発され、メディカル分野にも積極的に取り組まれていますが、シーツなどリネン関係にも課題があることをご存じでしたか。
小川・いいえ、リネンに改善の余地があることは、今回の研究のお話をいただいたときに初めて知りました。弊社を四谷先生にご紹介くださった大阪医科大学の根本先生は、『下町ロケット ガウディ計画』で当社とともにモデルになった方ですが、四谷先生ともご縁があって。
四谷・そうなんです。私の前任地が大阪医科大学で、根本先生には懇意にしていただいていました。その中で「褥瘡を予防できる新しいシーツの素材を作りたい。私が生まれ育った福井は繊維製造に長けたまちなので、ぜひ福井で作りたい」という話をしたのが、ちょうど『ガウディ計画』が話題になっていたとき。「それなら福井経編さんを」と根本先生が橋渡ししてくださったのです。本当にラッキーな出会いでした。
小川・実は、私自身「褥瘡」という言葉も初めて知り、「床ずれ」とお聞きしてやっと分かったくらいでした。でも、先生が長年看護師をされてきた中で気づかれた重要な問題だと分かり、シーツならば、うちの編み技術でお役に立てるのではないかと思いました。会社としても「衣料から医療へ」を掲げ、メディカル分野に進出していたこともあり、お引き受けした次第です。それが4年程前でしたが、先生はさらに以前から褥瘡予防の研究をされてこられたのですよね。
四谷・ええ、最初はマットレスの研究開発でした。褥瘡は皮膚に持続的に圧力がかかった部分に血流障害が起こり発生します。そこで考えたのが、体との接触面積を広くし、体にかかる圧力を分散するマットレスでした。ウレタンフォームマットレス、エアーマットレスなど、今では褥瘡予防用マットレスとしてたくさん出されています。しかし、これらに掛けるシーツの敷き方や素材が褥瘡発生に影響することがわかったのです。例えばホテルに泊まると、きれいにベッドメイクされていますが、シーツの敷き具合や素材はどんな具合でしたか。
小川・表面がピンと張っていました。素材は綿がほとんどだったと思います。
四谷・そう、実はそれと同様なことが病院でも行われていて、体圧分散マットレスに綿100%の平織シーツをピンと張った状態だと「ハンモック現象」といって、体が沈みにくくなります。その結果、体とベッドの接触面積が狭くなって圧力が上昇してしまうのです。海外では、この現象についての論文が出されていますが、証明には至っていません。そこで、コツコツと実験を続けていったら、やはりシーツからの圧力が褥瘡に影響しているということがわかったのです。これでは体圧分散マットレスの効果を十分に得ることはできません。そこで、シーツの敷き方を変えて接触圧を測定し、その結果に基づき、体への圧力が低くなる緩い敷き方を勧めてきました。
小川・先生が「ルーズフィット」とおっしゃっている敷き方ですね。
四谷・ええ、それまで「ピンと張る」が当たり前のように行われていましたが、褥瘡を起こすリスクが高い患者さんについては「ピンと張らない」に変わったのです。そして、伸縮性があるシーツも作られるようになりました。しかし、高齢者のような薄い皮膚は、シーツにこすれただけでも損傷することもあります。そこで、これは素材そのものを変えないといけないのではないかと考えたのです。

『下町ロケット ガウディ計画』

人工心臓弁開発に挑む大学教授と中小企業の人々の姿を描いた池井戸潤作の小説。2015年にはテレビドラマ化され注目を集めた。

試作と実験を重ね、素材が完成!
さらに快適性の評価基準策定を目指す

小川・弊社では、開発、生産、管理などの各部門からスタッフ5名がこのプロジェクトに携わり、先生からのご要望に合った生地を提供させていただいています。試作品を作るときは、社内打ち合わせと、先生との会議を重ね、精査してきました。
四谷・新しいシーツには、伸縮性があることや吸湿性が高いこと、摩擦が少ないなど、これまでのシーツになかった、或いは不十分だった性質を求めています。ご提供いただいた生地を用い、褥瘡予防の指標となる摩擦係数やベッドの背の角度を変えたときのずれの大きさなどを測定してきました。おかげさまで、生地そのものの摩擦、生地と患者着との摩擦の数値などから判断し、ひとまず素材自体の完成にこぎつけることができました。
小川・この先、その生地を使っての実験へと進みますが、これまでの研究の中から新たな課題、患者さんの快適性というテーマも見えてこられたそうですね。
四谷・ええ、患者さんにとってはベッドの上が生活の場ですから、寝床内環境、ベッドの中の環境を整えることが非常に重要です。しかし、現状ではそういった快適性の評価基準がないので、ベッド内の温度や湿度などを快適な状態に維持するための評価基準の策定をテーマに加えました。寝床内環境については、ヨーロッパのガイドラインでも示されているのですが、今のところ未知の世界です。しかし、今回の私たちの研究では、そこをクリアできる素材を目指したいと思っています。

ピンと張らず、緩く敷くルーズフィット

摩擦係数

二つの物体の接触面に平行にはたらく摩擦力と、その面に直角にはたらく垂直抗力(圧力)との比。「滑りにくさ」を表した係数で、この数値が大きいほど滑りにくい。

新たなテーマに取り組むのは
女性中心のプロジェクトチーム

小川・快適性というテーマへの挑戦と、今後の販売に向けて、最近プロジェクトのメンバーを増やし再スタートしましたね。そして、そのメインは女子!男性もいますが、女性が中心となって進めていくことになりました。
四谷・新たなテーマに向き合うに当たり、女性プロジェクトでやりたいという思いが膨らみ、製品の販売元になる企業や産学連携の女性スタッフにも加わっていただくことにしました。「女子会気分でやるんじゃない」というお叱りもあったりするんですが(笑)、やはり女子でやってみようと。最近は家事を行う男性も増えているようですが、やはり日常生活の中で、洗濯やベッドメイクなどシーツに接する機会が多いのは女性ですから、感覚という点で幅広い意見や発想が得られると思います。女性目線を重視することで患者さんに優しい素材へと繋げていけるのではないかと思っています。
小川・特にこのシーツは、糸のセッティングから、編み機の操作まで女性技術者が手がけており、女性中心の開発は自然なことと受け止めています。個人的には、先生は、私の理想の女性リーダーそのもので、憧れの女性ですので、このプロジェクトでご一緒できて本当にうれしく思っています。
四谷・私の方こそ、小川さんには、会社のスタッフの方々と私の間で的確に連絡調整を取っていただき感謝しています。結構長いお付き合いなので、お互いわかり合うことができ、よい環境の中で研究を進めることができています。福井経編さんは女性の活躍を推進されており、そういった会社の雰囲気もあって共感し合えるのかもしれませんね。

日本、そしてアジアの病院で
基準寝具を一新したい

四谷・今回の研究では、試験センターに測定依頼を行う部分もありましたが、自分たちがモデルになり、体にセンサーを貼り、数時間ベッドに横たわって温度や湿度を測るといった実験もありました。そのようなことも含め、スケジュールどおり進まないことも結構多いのですが、皆さんが辛抱強くお付き合いくださり、本当に感謝しています。
小川・企業ですのでいち早い製品化を目指し遂行していきますが、メディカルの開発は時間を要することも私たちは経験を通じて理解しています。このプロジェクトについても、社長をはじめ皆が、良質な製品を妥協せず確実に作っていこうと考えています。
四谷・ありがとうございます。スケジュール以外でも素材の微調整などでご苦労いただいていますが、想定外の問題もありましたね。
小川・はい。洗濯耐久性の点でそれまで作ってきた素材を変えなければならなくなったときは、かなり驚きました。病院で特別な汚れに使用する洗剤に、開発していた素材の一部が耐えられないことが初めてわかりました。
四谷・シーツをはじめ病院のリネンは頻繫に洗濯もすることもあり、コストを考えると耐久性が必須です。コストが高くて耐久性がなかったら絶対に使ってもらえません。感染源があるような汚れを落とすために使われている薬剤を全部調べていくと、今後も加工の仕方を変えていただく必要があるかもしれません。
小川・それというのも、先生の目標が、将来、病院の基準寝具をすべて変えることだからですね。
四谷・ええ、快適性も含め、きちんとした基準に基づいて作られた褥瘡予防シーツはまだ作られていないので、私たちが開発した素材のシーツを全国に広めていきたいと思っています。昨年バンコクへ行く機会がありましたが、病院のシーツの現状は日本と同様でしたから、アジア諸国でも広く使ってもらえるのではないかと考えています。今後、完成品の細かい実験を行い、必要な場合は改良し、なるべく早く販売していきたいと思いますので、引き続きよろしくお願いします。
小川・先生が会議などで会社に来られると、皆、とても元気になるんですよ。うちのメンバーは皆、先生と一緒に開発したいと思っておりますので、病院の基準寝具の一新を目指してこれからもよろしくお願いいたします。今後の展開が楽しみです。

福井発の褥瘡予防シーツで
世界の患者さんの
病院生活を快適に