版画の未来のために
創作環境を整える
- 湊 七雄
- MINATO Shichio
- 教育学部 准教授(絵画、版画)
Profile
1972年、三重県生まれ。2000年、ベルギー・ゲント王立美術大学大学院版画専攻修了。2000年、ベルギー・ゲント市の現代美術専門画廊契約アーティストとなり作家活動を本格化。2003年、フランス・サンテチエンヌ美術大学版画科助手。2006年、福井大学教育地域科学部助教授として、絵画、素描、版画を担当。2016年より同大教育学部准教授となる。
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身体の不調をきっかけにたどり着いた版画技法
版画というと、小・中学校の授業でも馴染みのある「木版画」を思い浮かべる人が多いと思いますが、他に、銅板や石板を使った版画もあります。
銅版画は、銅板の表面に塗った「グランド」という防蝕膜を鉄筆などで引っ掻いて絵を描き、腐蝕作用のある薬品に浸すことで、銅がむき出しになった線の部分のみが腐蝕され、原版となります。そして、完成した版にインクを詰め、版画プレス機で圧をかけ紙に刷りあげます。500年の歴史をもつ伝統的技法ですが、作品制作には有毒な酸やシンナーなどの有機溶剤を多用するため、危険性が指摘されています。
2003年当時、フランスの美術大学助手として連日版画制作に携わっていた私は肺炎を患ったことをきっかけに、毒性を持つ(toxic=トキシック)溶剤などを使用しない「ノントキシック版画技法」の研究を始めました。
いつでも創作できる環境の実現
ノントキシックでは、硝酸水溶液の代わりに常温では有害な気体が生じない塩化第二鉄を版の腐蝕に用い、版や道具の洗浄には有機溶剤ではなく、一般家庭にあるサラダオイルや住宅用洗剤を使います。
「環境や身体に優しい」という面が注目されることが多いですが、一番の目的は「末永く創作を継続できる環境の実現」です。版画家を目指すには、自身の創作をいかに深めていくかが重要ですが、いざ自宅で制作しようと思っても、鼻にツーンとくる有機溶剤の匂いがネックになります。例えば赤ちゃんがいる家庭でも版画の制作を続けるには何が必要かと考え、行き着いたのがノントキシックです。
2017年4月から1年間、ベルギーのゲント美術アカデミーで客員教授として授業を担当しつつ、ノントキシック版画の技法研究やワークショップの研究開発に取り組み、その普及に努めました。
福井に限らず、日本では版画を制作できる場所が少なく、版画芸術普及の妨げとなっています。誰でも利用できるアトリエなど、創作環境を整えることを次の10年の目標にしています。
娘がバイオリンを習い始めたのをきっかけに、私自身も十数年のブランクを経て再開しました。ベルギーではアマチュアの弦楽アンサンブルに所属していました。