CHAPTER02臨床実習を支援する
ICTシステム『F.CESS』を開発し、
日本の医学教育改革をリードする

学術研究院 医学系部門 教授 医学部附属教育支援センター長 安倍 博 × 株式会社日本医学教育技術研究所 代表 医学部附属教育支援センター 客員准教授田中雅人

左:安倍 博
大阪府出身。広島大学総合科学部総合科学科卒業。名古屋大学大学院医学研究科博士課程修了。日本学術振興会特別研究員、北海道大学医学部統合生理学講座講師等を経て、2006年、福井大学医学部行動科学分野教授に就任。2015年より医学部附属教育支援センター長を兼任。専門は行動科学(心理学)・時間生物学。休日は子どもとのテニスやジョギングなどを楽しんでいる。

右:田中雅人
大阪府出身。光産業創成大学院大学後期博士課程単位取得終了。福井医科大学医学部附属病院放射線部勤務等を経て、2006年、株式会社システムエッジ起業(2017年、株式会社日本医学教育行政研究所へ社名変更)。2016年、福井大学医学部附属教育支援センター客員准教授に就任。専門は診療放射線技術・人工知能・医用情報システム。趣味のサイクリングでは勝山・大野・池田を周回。

研究の目的・内容

 2010年、アメリカの医師国家試験受験資格審査団体『ECFMG』が、「アメリカ医科大学協会または世界医学教育連盟(WFME)が定めた国際基準による認証・評価を受けていない医学部の卒業生には、2023年以降、アメリカでの医師国家試験受験申請資格を認めない」旨を発表。これを機に日本では、文部科学省等による医学教育改革が始まります。しかし、改革事項の中でも、臨床実習の期間延長と質の転換は、指導教員である医師の負担増に繋がり、これをいかに抑制するかという課題が生まれました。
 そこで当学では、臨床実習における指導医の負担軽減と実習の質の向上を目指し、日本医学教育技術研究所とともに、ICTを活用した臨床教育支援システムの開発に取り組みました。

成果

 指導医が診療で使用する電子カルテと学生用電子カルテを連動させ、オンライン上で学生カルテのチェック、指導、相互のコミュニケーションが行えるシステムを構築。当学での運用を経て、2019年9月、『F.CESS(エフ・セス)』の名称で製品化し、プレス発表しました。現在、他大学からの問い合わせに対応しながら、販売に向けた取り組みを進めています。
※CESS=Clinical Education Supporting System

「成果重視」の医学教育改革がスタート。
“2023年問題”を前に、福井チームが始動

安倍・医学部の坂井豊彦先生と我々が開発した臨床教育支援システム『CESS(セス)』が、『F.CESS』として商標登録と特許を取得し、製品化にこぎ着けました。臨床教育の基本や実情を押さえながらアイデアを出されているのが坂井先生で、私は教育支援センター長として全体を統括、田中さんはエンジニアとしてシステムの制作に当たられましたが、このお話を聞かれたときは驚かれましたか。
田中・非常に驚きました。私は当学で放射線技師を務め、コンピュータシステムの制作も行うようになったことから、当学認定ベンチャー企業を立ち上げましたが、電子カルテに接続するシステム構築は想定外の案件でした。その背景にあるのが2023年問題ですね。
安倍・そうです。2023年以降、医学教育の国際標準、いわゆるグローバルスタンダードに準じた教育をしていないと認定された大学の卒業生は、アメリカの医師国家試験の受験資格を取得できなくなります。これが表明されたことを受けて、2012年に文部科学省が医学教育の改革に乗り出し、WFME(世界医学教育連盟)の国際標準の日本版が作成されました。そして、約5年前に各大学のカリキュラムや教育プログラムを評価する認証評価がスタートしています。医学部を擁する大学は全国に82校ありますが、当初の調査では、WFMEの基準に合った教育を行っていた大学は1校もなく、全ての大学が取り組むべき課題となったのです。
田中・たくさんあるグローバルスタンダードの基準の中で、日本の大学が1番改革を必要とされたのが、教育の成果重視への転換ですね。
安倍・はい。各大学が、どういう医師を育てるのか定義し、学生が6年間で身につけるべき能力を設定して、カリキュラムを組みます。それらを修得させ、最後に、目指した能力や技能を修得できているかどうかを評価して卒業させる。いわゆる学修成果基盤型教育への転換が大きな課題となりました。そして、医学で最も求められる成果は臨床能力です。診療の現場で必要な知識と技能と態度、この3つを身につけているかどうかが最後に評価されます。
田中・そのために必要なのが臨床実習の充実で、具体的には実習期間を増やすことですね。
安倍・ええ、臨床実習の期間がそれまでの1.5倍の約70週になりました。さらに、指導医の処置等を見る見学型から、学生が医療チームの一員として診療に携わりながら学ぶ参加型実習へと転換が図られたのです。
田中・指導医の先生は研究と診療を手掛けておられるので、実習指導の時間が増えると負担が重くなってしまう。それが非常に大きな問題となってきたわけですね。
安倍・指導医の負担をできるだけ少なくした上で、目標を達成するにはどうしたらいいのか。そこで、坂井先生が、ICTを活用した臨床実習用のLMS(ラーニングマネジメントシステム)を作ることを発案され、我々と学務課職員の4者がチームを組んでシステム開発に取り組み始めたということです。

臨床実習生は、『CESS』に繋がったパソコンで実習の記録等を入力する。

『CESS』が電子カルテに接続し、
学生と指導医のコミュニケーションを深める

田中・目指したシステムの概要は、学生の実習内容の記録と指導医の指導・評価、各診療科に対する学生の評価などが、オンライン上で一括してできることでした。そのために、病院の電子カルテと接続し臨床実習をIT化するのが『CESS』です。
安倍・学生は、担当している患者さんの電子カルテを『CESS』上に呼び出し、参照しながら、学生用のカルテにその日の診療活動について記録することができ、指導医は、それを見ることで学生の実習状況がわかります。紙のカルテのように探す必要はありませんし、さらに、質問やコメントを書き込んで、学生と指導医がコミュニケーションを取ることもできます。
田中・チャット式に質問や指導ができるのも特徴の一つですね。実習中は質問しにくいものですが、このシステムなら、空き時間に書き込んでおくことができます。
安倍・さらに、文部科学省が求めている「学修成果の見える化」にも対応しています。学修履歴がデータとして蓄積され、学生は、自分の学修進度を一覧で見ることができる。このようなEポートフォリオの機能が備わっていることも『CESS』の大きな特徴です。
田中・そうですね。それから、学生が『CESS』上で回答した授業評価アンケートの結果が各診療科へフィードバックされますので、それぞれの診療科の改善に役立てることもできます。
安倍・そういえば、このシステムが完成し、運用を開始しようというタイミングで、病院の建て替えがありましたね。旧病棟を改修した大きな部屋が空き、実習中の学生が『CESS 』入力に使う端末70台を置くことができました。
田中・ええ、端末も文京キャンパスにあった物をこちらで使えることになりラッキーでした。

開発に弾みをつけたのは、
思いがけない評価とチーム力

安倍・田中さんがエンジニアとして大変だったのはどんなことですか。
田中・電子カルテへの接続自体、かなりハードルが高いと思ったのですが、既に坂井先生が予算を取ってくださっていて、「失敗したら、俺は腹を切るからな。お前も切れよ」と言われたときのプレッシャーは大きかったですね。取り掛かってからは、画面設計など複雑なところで悩みました。行き詰ると、近くの田んぼの周りを歩くようになったのですが、そうすると、不思議なことにポッとアイデアが浮かんでくる。『CESS』は田んぼのおかげでできたとも言えます(笑)。それから、電子カルテへの接続に関して病院の先生方に受け入れていただけるだろうかという不安も大きかったですね。
安倍・そうですね。大学の先生は研究や診療を重視する傾向が強く、教育改革に目を向けていただくのは難しいので、私は、このシステムがいかに臨床実習に役に立つ優れ物かをアピールすることが大事だと思いました。それから、当時の学部長の山口先生と、後任の内木先生がこのシステム開発を非常に高く評価してくださり、さらに眞弓学長と上田学長が認めてくださったことで達成できたとも感じています。
田中・その中で、大きな弾みがついたのが、文科省のワークショップでしたね。安倍先生がプレゼンされて1位に選ばれました!
安倍・そうでしたね。毎年夏に文科省が開いている「医学・歯学教育指導者のためのワークショップ」の2017年のテーマが「医学教育のカリキュラムを変える」でした。77校の大学が発表し、「自分の大学にも取り入れたい」と思った取り組みを投票形式で選んだら、うちのシステム開発への票が一番多かった。
田中・半数以上の大学がうちを選んでくれましたね。福井の先生方も非常に喜ばれ、このシステムが優れたものだとようやく認識していただけました。これを機に、風が変わりましたね。
安倍・ええ、いろいろな学会へ参加してデモを展示したり、興味を持たれた大学の先生に来ていただいたりするようになっていきました。何よりも、実際に使用した学生と指導医の評判も良かったですね。
田中・そして今、改めて思うのはチーム力のすごさです。臨床実習の現場を把握されている坂井先生、教育マネジメントをされる安倍先生、エンジニアの私に、学務課のサポートが加わり、何か困ったことがあって動きが止まっていると、誰かが突破口を開いてくれました。

販売に向けて、力強い味方も登場!
今後は、他分野への展開も視野に

安倍・このようにして完成した『CESS』ですが、他の大学へ販売するには、それぞれの電子カルテに合わせて部分的に設計し直す必要があります。そこで、医療システムに詳しく、我々に協力してくださる会社を探していたら、当学窪田昭一参与が福井市に本社がある『永和システムマネジメント』さんを紹介してくださいました。
田中・ええ、電子カルテを手掛けた経験も豊富な会社さんで、「医学教育に貢献できるのは素晴らしいことだ」とおっしゃってくださって、ご協力いただけることになりました。
安倍・それから1年程かけて手直しを行い、今年4月に製品版『F.CESS』として発売予定となっています。大学からの問い合わせも10件程きており、今後は、この動きを見ながら次の展開を考えたいですね
田中・そうですね。看護バージョンやリハビリテーションバージョンもできたらいいなと思っていますので、引き続き頑張りましょう。

福井発、臨床教育支援システム
『F.CESS』が
未来の医療を支える
医師の育成に貢献