CHAPTER02技術の向上と開発を目指して
企業と大学が良きパートナーとなり
互いの成果を獲得

学術研究院 工学系部門 機械工学講座 准教授 岡田将人 × 株式会社オンワード技研 川畠丈志

右:岡田将人
福井県鯖江市出身。金沢大学システム創成科学専攻修了後、金沢大学理工研究域機械工学系助教等を経て福井大学学術研究院工学系部門准教授に就任。近年は、金属表面を平滑化するバニシング加工の研究を中心に取り組み、加工法及び装置に関する学術論文を複数執筆。2018年6月には型技術協会の奨励賞を受賞している。休日の楽しみは大型バイクでのツーリング。

左:川畠丈志
石川県能美市出身。神奈川大学経済学部を卒業後、家業以外の職務を経験した後、26歳で日本では数少ないPVDコーティングの受託加工を行う株式会社オンワード技研(石川県能美市)に入社。数ヶ所の製造現場実務を経て39歳で代表取締役に就任。DLCコーティング技術の開発に注力し、大学等との共同研究にも積極的に取り組んでいる。オフの日は各地のお城巡りを楽しむ城郭ファン。

研究の目的・内容

 各種機械、自動車などさまざまな製品に使用される金属素材は、それぞれの用途に合わせて表面加工がなされています。その加工法の一つがバニシング加工です。現在、金属表面を滑らかにする方法は一般的に“磨く”加工法ですが、バニシング加工法は表面の微細な凹凸を“押しならす”のが特徴です。
 本加工に用いる工具の開発にあたり注目されているのが、ダイヤモンドのように硬質なDLC(Diamond Like Carbon)という膜を工具表面にコーティングする処理です。本処理を施した工具が、高価なダイヤモンドを使用した現在の工具に取って代われば、表面加工の主流が“磨く”から“押しならす”に転換する可能性があります。目指すのは金属表面加工の新時代です。

成果

 近年のバニシング加工研究をリードする大学研究者と、DLCコーティング処理技術で日本有数の企業が長期的視野に立ち、情報交換を重ねながら試作や実験を繰り返し、その結果をフィードバックすることで双方の知見が蓄積されています。今後、より精度の高い金属表面加工とDLCコーティングの技術開発の進展が期待されます。

双方が新たな可能性を感じた
バニシング加工とDLCコーティング

岡田・オンワード技研さんとお付き合いさせていただいてから2年になりますが、初めてお会いしたのは金沢で開かれた『Matching HUB Kanazawa』(北陸先端科学技術大学院大学 主催)の会場でしたね。
川畠・ええ、まさに産学連携を目的に、企業と大学などの研究機関が出展したイベントで、2016年秋だったと思います。たくさんのブースが並んでいた中で、弊社の斜め前が先生のブースでした。開催された2日間、僕はときどき先生のブースの前まで行って研究成果を紹介するポスターを見ながら、「これ、うちのコーティングを使ったらおもしろいだろうな」と思っていました。
岡田・私は、金属表面の凸凹を押しならして滑らかに仕上げるバニシング加工の研究に取り組んできましたが、この加工に用いる工具にはダイヤモンドチップが使われており、どうしても工具代が高価にならざるを得ません。そこで、もっと安価な材料を使い、表面だけを強固にすれば、ダイヤモンドと同様のことができるのではないかという発想で研究を進めてきました。その方法の一つにオンワード技研さんが得意とされているDLC(Diamond Like Carbon)という膜を蒸着するコーティング処理があるのですが、当時、私は別の会社のDLCを施した工具を使っていました。その頃は、多数のDLCをラインナップされている企業は少なく、川畠社長にお会いするまでは、それほど種類があるとは思ってなかったのです。
川畠・そうだと思います。弊社は32年前に、真空蒸着、専門用語でいうところのPVD(Physical Vapor Deposition)コーティングの受託メーカーとして創業しましたが、当時、この事業を行う中小企業はほとんどありませんでした。現在でも、メーカーの中にコーティング事業部門として設けられているケースはありますが、弊社のように、PVDコーティングだけを事業化している国内企業はおそらく10社にも満たないと思います。
岡田・そのような中で、何種類ものDLCコーティング技術を開発してこられたので、私のバニシング加工にも興味をもたれたわけですね。
川畠・はい。私は前々から同じ北陸にある福井大学と共同研究したいと思っていたので、「ぜひ一度工場を見に来てください」と先生に声をかけさせていただきました。
岡田・当時の私は、工具のコーティングに特化した研究は行っていなかったので、隣県で近くにあるにも関わらず、オンワード技研さんの詳細は知らないままでした。そこへ、「来てください」と熱くおっしゃってくださり、実際拝見させていただいたら、それまで見てきたフィールドとは違うところに、自分が求めているものがあることを実感しました。
川畠・バニシング加工とDLCコーティングの試行錯誤が始まったのはそこからですね。

プラズマを使ったコーティング技術として成膜中の、コーティング装置内を覗いたところ。

オンワード技研のコーティングの対象となる製品群。

コーティング膜の断面を電子顕微鏡で観察した像。

試作と実験の結果をフィードバックしながら
それぞれの技術向上を図る

岡田・オンワード技研さんとは共同研究という枠の中でやり取りさせていただいていますが、今回は何か共通の目標を目指してというより、各々の技術開発なり研究の成果が互いに役に立つという観点から、実験結果のフィードバックなど情報交換をさせていただいています。そこが通常の共同研究と異なるかもしれませんね。
川畠・ええ、先生がバニシング加工工具のダイヤモンドに代わる素材として硬質なコーティングを求めておられるのに対し、弊社は、世の中で1番硬いダイヤモンドのような硬さをもつDLCコーティングの技術開発を進めています。ドリルなどの工具や金型にDLCの膜をつけることで表面が非常に硬くなり、アルミや銅などの金属を削ったり曲げたりする時に製品の寿命を向上させる効果がPVDコーティングにあります。DLCの厚さは数ミクロンで、加工したい製品の素材や用途に応じて、厚みや種類は異なり、さらに、お客様の要望に合わせて微妙に変化させたりもしています。加工したい物に最適なDLCをテスト使用する際には、弊社の経験だけでなく、大学等の専門性の高いテスト結果から得られた知見を活用できるのは非常にありがたいです。岡田先生が、DLCコーティングした工具でバニシング加工の試験をされた結果というのは、我々の今後の技術開発において貴重な情報となります。

バニシング加工前後のサンプルの一例。加工前(左)に対して加工後(右)は高い光沢が生まれていることがわかる。

岡田・オンワード技研さんとしては、バニシング加工のためのDLCを開発するのが主目的ではないけれど、DLCコーティングした工具で金属をこすって押しならしたときにどんなことが起こるのか、膜による違いはどうなのかという結果を私がフィードバックすることで、新たな知見が得られるということですね。一方私の方は、DLCをコーティングした工具で金属の表面をこするという加工をやっています。ざらついて曇った感じの表面が、こすることで滑らかになり光沢が生まれる加工ですが、そのこするための工具にどんなDLCが適しているのかという課題があります。それは、こすられる物の材質や、こすり方にも左右されるので、いろいろなDLCがある中で、どのようなDLCを成膜すれば、この加工方法が生きるかというのを考えているわけです。
川畠・目標はそれぞれだけど、その目標達成のために互いの研究や技術が役に立っているということですね。さらに弊社では、新しいコーティング技術をお客さんに説得するためにデータが必要なこともあるため、信頼性が高い大学や研究機関で得られたデータを活用できるのはありがたいです。
岡田・困ったことを解決するために共同研究を始めたというのではなく、DLCを通して一緒に新たな成果を生んでいこうという感じですね。

学卒者の採用や学会等への出展も
共同研究のメリット

岡田・2年の間には学生の見学も受け入れていただきありがとうございます。自分が扱っている工具をオンワード技研さんに預けるとDLCが成膜されて返ってくるけど、実際どんな処理が製造現場で行われているのかを知るのは学生にとって非常に良い経験です。
川畠・今年も年度初めに7~8人来られましたね。福井大学さんには石川出身の学生もいらっしゃるはずですので、弊社を見ていただいたことがリクルートに繋がればという思いもあります。他社へ就職したとしても、コーティングという仕事が必要になったときに、「それならオンワード技研があったな」と思い出し、弊社のお客さんになってくれるかもしれません。
岡田・そうですね。大学としても、学生が共同研究の延長でスムーズに就職先が決まっていくのは理想的な形だと思います。共同研究のメリットは他にもありますか。
川畠・ええ、さまざまな学会の企業展示に参加させていただけるので、大学の先生など研究者と情報交換ができます。互いに興味が湧いたら新たな共同研究にも繋がります。弊社の技術研究開発部には7名の研究員がいますが、その知恵だけで新技術の開発はできないと思うのです。これまでも研究者の方々の知恵をミックスさせて一つのプロセスや技術を作ってきましたので、これからも様々な研究会への参加を続けていきたいと考えています。

「かかりつけ医」のような関係から
目指すは次の産業を支える研究者と企業

岡田・最後に将来のことをお話しますと、まだ産業界であまり使われていないバニシング加工という方法が、現在さまざまなところで行われている“磨く”という加工方法にとって代わるときがくれば、すごい需要が見込めるんじゃないかと考えています。そのとき、バニシング加工のための工具といえばオンワード技研さんで膜を成膜した工具、という認識が広がれば、御社への需要にも直結するのかなと。そこへつなげられるときに、私がこれまでやってきたことが花開くのかなと思っています。
川畠・それですね!岡田先生にはバニシング加工の研究でさらに突っ走っていただきたいと思っております。弊社にとっても、我々のコーティングを使っていただいているということで、良いPRになります。先生が専門にされている表面加工は、今後いろいろなことが可能な分野だと思います。先生も私もまだ40代前半なので、これから10年20年と仲良くさせていただけたら、いろいろなことができると思います。コーティングの面ではなんでもサポートさせていただきます。
岡田・ありがとうございます。突っ走ってくださいと言われたのは初めてです(笑)。
川畠・僕は、心の中では、突っ走ってほしいって常にエールを送ってますよ(笑)。大げさに、そしてかっこよく言うと、次の産業を支える研究者と企業の様な間柄になりたいと思ってます。
岡田・いいですね。私は、大きな成果を早急に求めるがっつりとした共同研究ではなく、ゆるく長くお付き合いしながら確かな成果を積み上げていければと思っています。個人的には、大学研究者は救命救急医でなく、かかりつけ医のような存在が理想的かと。企業で問題が発生したと言って急に大学に解決だけを求めてもなかなか上手く進まないものです。地元のかかりつけ医のようなイメージで、長期スパンでお互いの信頼関係を築いていくことが、双方ウィンウィンになる重要なポイントだと考えています。長いお付き合いの中で、ここぞというときに、それまでの積み重ねに基づいた強固なタッグを組めればと私は勝手に思っているんですが、いかがでしょう。
川畠・本当にそうだと思います。年齢も近いですし、福井県と石川県で、距離的にもそう遠くはありませんから、これからもよろしくお願いします。
岡田・こちらこそ引き続きよろしくお願いいたします。さらなるDLCコーティングの開発に期待しております。

ゆるく長くのお付き合いで、
ここぞというときに
確かな成果を生み出せる
関係性を