西村 高宏先生

社会と哲学をつなぐ 臨床哲学の試み

臨床哲学、知っていますか?

みなさんは哲学にどんなイメージを持っていますか?哲学者の著作を読んだり、その考え方を引き継いでいくような、アカデミックで難解なイメージを持っているのではないでしょうか。私が専門としている「臨床哲学」は、身近な生活の場で普段当たり前に考えていることを「そもそもそれって何だろう」と一度立ち止まって深く考え直し、対話を通して互いの考えの曖昧なところをわかり合い、時間をかけながら自分自身の考えをたくましくしていく、というものです。
 

 

てつがくカフェ、はじめています

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1990年代にパリのバスティーユ広場で、フランスの哲学者マルク・ソーテは、男性も女性も上下関係もなくゆっくりお茶を飲みながら自分の考えを対等に述べたり聞いたりするカフェを「哲学の場」としました。日本では、私の師でもある鷲田 清一先生の呼びかけで始まり、私も臨床哲学を実践する場として、「てつがくカフェ」を定期的に開催しています。
これまで取り上げたテーマは、「人間らしく死ぬとは?」「看取るとは何か?」「人の痛みって、わかる?」などです。まずは、各々が思っていることや自身の経験に基づいた考えを自由に話してもらいます。自由な発言の中には、テーマについて思考を深めていく際に欠かせない、キラッと光るキーワードのようなもの(考え方の切り口)が必ずちりばめられています。それを参加者同士で丁寧に拾い集め、共有し、その言葉の意味内容をさらに吟味していきます。例えば「看取り」であれば、「看取りとはこういうものである」というような緩やかな定義を作ります。定義は合意形成ではなく、あくまで他者との違いを際立たせる参照軸のような位置付けです。それをもとにしながら、初めて自分の考えと向き合えるようになります。
とはいえ、「てつがくカフェ」では無理に発言する必要はありません。他者の考えは聞きたいけれど、自分が話せるタイミングではない方もいます。一人ひとり考えがこぼれ落ちる時間は違うので、それを待つことも、大事な作法だと考えています。かつて東日本大震災に関連した「てつがくカフェ」を被災地で開催した際に、津波でご家族を亡くした女性が対話に参加できず、ずっと座っておられました。そして、最後の最後に「みなさんの発言を聴いているだけでしたが、自分の苦しみの根っこみたいなものが少しわかりました」と一言だけ残して帰られたことが印象に残っています。

専門だけに頼らない力を培って!

「てつがくカフェ」の参加者は、テーマによって毎回顔ぶれが変わります。時には、医学生も参加者として一般の方と対話しています。将来医師になり、患者さんの苦しみに寄り添うには、さまざまな声に耳を傾け、話を受け止め、専門用語に頼らない力を養うことが必要だと考えています。
対話を大事にし、その人がどんな意味で言っているかを考え、「それってなんだろう?」と素直に感じ、立ち止まり悩む勇気と健やかに悶々とできるような思考の肺活量を培ってほしいと思います。

fp32_11p-3今ハマっていること★

大好きな作家ポール・ボウルズの影響を受けて、西洋や東洋とは違う独特の価値観があるモロッコに魅せられています。現地で伝統のグナワ音楽を採集したり、楽器も集めています